来年2018年に、発売から50周年を迎える国民的ブランド「ボンカレー」。認知率90%を超えるブランドがこれまでのイメージを覆し、リブランディングを図っているという。
デジタル時代の今日において、“脱TVCM”を断行し、デジタルコンテンツの制作、周年イベントなど、新たな施策を次々に仕掛ける。一貫しているのは、世の中の役に立つことを突き詰めて「ブランドフェーズに合わせたマーケティング」を展開すること。
新しいボンカレーブランドを確立させた、大塚食品の垣内壮平氏に、ボンカレーの“これまで”と“これから”を伺った。

改めて垣内さん自身とボンカレーのこれまでを教えてください。

私が大塚食品に入社したのは2008年ですが、当時からアシスタントという立場でボンカレーに携わっていました。正式にプロダクトマネージャーになったのは、ボンカレーが電子レンジ対応する前年の2012年です。知らない方もいるかもしれませんが、ボンカレーは2013年から電子レンジ調理が可能になっていて、その推進プロジェクトの中心としてジョインしました。

弊社は食分野におけるイノベーションに挑戦し続ける会社でもあります。ボンカレーの登場自体もそうですし、電子レンジ対応もイノベーションの1つです。2013年時点では、他メーカーはレトルトカレーの電子レンジ対応商品を扱っていませんでした。そのため、絶対的な自信を持って、機能価値で戦おうというムードが社内にありました。

しかし、実際に発売してみると、状況はとても厳しかった。当時マーケティングにおけるメインのコミュニケーションはTVCMだったのですが、機能価値だけを切り取って「便利でしょ?」という一方的なコミュニケーションをしていたのが大きな間違いでした。本当に重要なのは便利さの先にある、お客さんがどう便利に思うか、という共感ポイントで、押し付けでは自分ごと化してくれないんです。そこで商品の価値を改めて見直すと同時に、コミュニケーションの手段も本当にTVCMでいいのか?と考えるに至りました。

大塚食品株式会社 経営戦略室 ボンカレー50周年準備室 垣内 壮平 氏

TVCMをやめるというのは企業にとって大きな決断だったと思います。決定的なターニングポイントはあったのでしょうか?

単純にTVCMの反応が悪かったんです。POSデータ一つとっても、以前であれば出稿中は明らかに数字が上がっていたのと比べると、当時は数値もほとんど変わらない。出稿後の調査データを見ても、思っていたほど電子レンジ調理に対する回答が少なかった。ましてや無くても良いと思われているほどでした。

当時、弊社が絶対的な自信を持って、一番伝えたかった“電子レンジ機能”と“その便利さ”が全く伝わっていなかったんです。機能自体はとても良いものだと思いますが、便利という機能だけを切り取り、共感ポイントもない押し付けのコミュニケーションでは、今思うと当たり前の結果だったと思います。

そんな状況では当然売上も上がりません。巨額のマーケティング費用をつぎこんだTVCMの意味ってあったんだっけ?となるわけです。それからは機能価値だけではなく「そもそもボンカレーはお客様にとってどんな存在でありたいのか」を徹底的に考えるようになりました。それが2013年の下期です。

そもそもの商品価値とその伝え方、両軸に問題があったんですね。それを意識してからはどのようなことをしてきたのでしょうか?

先程もお話しましたが、お客さんにとってボンカレーが持つ本質的な価値はなんなのか?という問いを突き詰めていきました。今までの「こんな商品できました、どうぞ買ってください!」という企業視点のコミュニケーションから、どんな思いで商品を作っているのか、お客さんの生活がどう変わるのかというお客さん視点のコミュニケーションへシフトしました。

レトルトカレー市場はコモディティ化しており、味のような機能的価値訴求だけでは正直、他の商品と明確な違いを示すことができません。これ以上スペックはあげようがないし、ハイスペックなだけでは家電と同じで売れない。そこで、比較的歴史が長いというブランドの優位性を最大限活かしていこうとなったわけです。

私たちは製品やブランドの価値を「機能価値」「情緒価値」「周辺価値」の3つと定義しています。機能価値はいわゆる味とか電子レンジ調理など、情緒価値とは「働くお母さんを応援する」などです。

最後の周辺価値に関しては、生活者に長く寄り添うことで、文化や生活の一部に取り込まれている状態で、例えばネタツイートであるとか漫画ブラックジャックの中で登場しているとか、ブランドの手を離れて独り歩きしている価値と考えています。周辺価値を持っているブランドはそう多くないので、その部分は大事にしていきたいと思っています。

伝えていく「価値」に関しては理解できました。コミュニケーションの手法に関してはどのようにお考えですか?

2013年当時はTVCMを打つことが当たり前、という雰囲気が社内にはありました。当時のボンカレーとしては電子レンジ対応って相当大きなニュースで、巻き返しを図れると思っていたんです。でも結果としてはお客様には伝わらず、結果的に“究極の流通対策”のような形で終わってしまいました。

小売をはさむメーカーならではの問題ですね…。それは最近でも変わらないのでしょうか?

最近では状況も変わりつつありますが、今でもCMを重要視される場合もありますし、競争が激しい市場では流通の点でCMの実施で差がつくかもしれないですね。

垣内さんとしてはTVCMをどのように捉えていますか?

脱TVCMだけが強調されてしまってCM否定論者みたいになっていますが、決してそうではありません(笑)。ブランドのフェーズに応じたマーケティングをしよう、ただそれだけのことなんです。ボンカレーは国民の9割の認知があるという前提があります。この数字がなければ今でもマス広告はやめていなかったかもしれません。

ブランドや企業のサイズ・フェーズを正しく見極める必要があるんです。デジタルマーケティングがトレンドワードになっていますが、その流れでどのブランドもデジタルとかSNSに着手すればいいかというと決してそうではない。人間のコミュニケーションと一緒で、知らない人に自己紹介なしで懐に入られると気持ち悪いじゃないですか。ブランドに関しても一緒。消費者との関係性を作ると言っても、ブランドを知らない人といきなり関係性は築けない。丁寧に関係性を構築する段階があるんです。

たまたまボンカレーは50年近くもの長い間親しまれている「有名人」だったので、認知フェーズが終わっている所からのスタートだったというだけのことです。認知がないブランドはまずよく知ってもらわなければいけません。その際にはTVCMのようなマスアプローチも非常に有効な手段の一つです。 

もう一つ忘れてはいけないのは、依然として日本はまだマスアプローチが効く国だということ。5年後10年後はどうなるかわかりませんが、現状として日本国民の半分は、まだインターネットを使いこなせていないそうです。都市部で生活していると忘れてしまいがちですが、そういう人たちにネット広告だ、SNSだと言っても届くわけがない。

最近若い女性のマーケティング=Instagramとなる風潮がありますが、若い女性はみんな感度が高いわけではないんです。そんな人たちに伝えていくにはデジタルの施策と併用して、今までの手法も選択肢として考えるべきだと思います。バズワードに乗っかってデジタルがもてはやされすぎる風潮は良くないと思います。

また、あくまでも個人的な見解ですが、マーケティングにおいて量をとることはあまり重要でなくなってきている気がします。これからは、LTVが高いブランドのファンとより濃密につながることがマーケティングの観点で言うと重要になってくると思います。

リーチを取る施策は不特定多数に触れることはできますが、心までリーチしているかというと必ずしもそうではない。消費者とのファーストインプレッションの際にただ表面を触れるだけのコミュニケーションよりも、深い体験をしてもらった方が良いに決まっています。その体験が深ければ深いほど、母数が少なくてもシェアで拡散される時代です。質の部分を重要視すると結果的に量もある程度取れていくと思います。

10,000人に触れるだけのリーチをするのと、100人に深いコミュニケーションをしてその100人が強烈なシェアをして1,000人に伝わっていく方法だったら後者のほうが絶対にいい。その1,000人を起点にさらに色々な施策を考えることもできます。

量と質、両方を追求するのがベストなのはもちろんですが、一回のコンタクトでどれだけ深い体験をつくるかが後々のリーチにつながってくる時代です。お客さんとの接触機会はそう何度もありません。その一回を逃さずに強く深い体験をしてもらうことが重要だと感じています。

確かに最近は顧客の購買プロセスが変化してきており、“Share”から始めるコミュニケーションも増えてきていると聞きます。最近ではどのような施策をしてきたのでしょうか?

Web動画の制作や、周年イベント、オウンドコンテンツ、季節限定商品の販売、戦略PRなど色々なことをしてきました。古いブランドなので、今までほとんどニュースがなかったため、ブランドの鮮度を保つためにも定期的な情報開発には相当注力しました。デジタル領域はもちろんですが、マスへのアプローチに関しては限られた予算の中で実現でき、消費者目線で訴求が可能なPRを採用しました。

戦略PRに関しても一時期バズワードになりましたが、勘違いしてはいけないのが良質なニュースやコンテンツがないとメディアも取り上げようがないし、お客様にも伝わらないということ。なので、情報開発は量と質、双方にこだわり、最優先で取り組みました。

ボンカレーというと「Smile Table Day」など働く主婦層をメインターゲットに据えているのが印象的です。ターゲットに関してはどのように定義されましたか?

2013年のCMを実施していたときは正直今のターゲットは意識していませんでした。とにかく電子レンジ機能をたくさんの人に知ってもらおうと。いま思えばすごい投資だなと思います(笑)。

ターゲットについては、①最も課題解決ができる層はどこか、②そもそもレトルトカレーは簡便であること、③社会背景、大きくこの3つを意識して定義しました。ボンカレーがどのようなシーンで使われているかというデータを参照すると、圧倒的に忙しい時や楽をしたい時に使う割合が多かった。

また、共働きの家庭が増えているという社会背景を踏まえて3つのポイントを照らし合わせると、忙しい共働きの主婦の手助けになるのでは、というところに行き着いたんです。特に①の課題解決については最も重要視したポイントです。この層は今後もボンカレーにとってシンボリックなターゲットとして据えていくつもりです。

主婦というとそこまでボリュームが大きくないのではないかと思います。そのあたりはどのように考えられたのでしょうか?

正直な所、現状のボリュームゾーンはシニア層です。もちろん既存層には食べ続けてもらいたいですが、いちばん課題解決ができる層ということで、ブランドのコミュニケーションターゲットとして据えています。もちろんシニア層は買ってくれているからいいやではなく、今後はそれぞれの層に応じたコミュニケーションを丁寧にしていく必要があると感じています。

なるほど。電子レンジ対応に関してもメインのターゲットである主婦層の課題解決というところから来ているのでしょうか?

実は電子レンジ対応に関しては昔から細々とやっていたんです。コストが高いので高額商品のみの対応でした。でもお客さんのことを考えると全ての商品が電子レンジ対応になっているに越したことはないですよね。

電子レンジ対応はキラーコンテンツになるとは思っていませんでしたが、ボンカレーの元々の出発点である、人の役に立ちたい、簡便性の延長線上にある機能なので、なんとかコストを吸収する方法を考えましょうと。そこでお手頃価格のボンカレーゴールドにも実装させました。

全ての施策が「課題解決」に紐付いているんですね。これからはどのような展望をお持ちでしょうか?

これからはメーカーもお客さんとの接点を増やして、お客さんをもっと知る努力をしないと生き残れない時代です。企業の独りよがりの情報発信から、お客様視点での情報発信にシフトしてきましたが、それでももうダメ。自社の商品を、誰が、どこで、どんな使い方をして、どんな課題を解決しているのかを細やかにすくい取る必要があります。そのためにはお客さんと接点を持って、話を聞いて、できれば一緒に課題解決をしていく仕組みを作ることが理想的です。これってメーカーは特におざなりにしてきた部分。

今後の展望としては、お客さんとリアルな接点を持つことは考えています。メーカーと消費者がダイレクトの接点をもてる所。そしてどうにかそこで得た情報をデータ化できないかと考えています。例えば音声データを取ってテキストマイニングするとか。

デジタルの良いところって、可視化ができるのでお客さんを知る上で主観的にならないところだと思うんです。従来の調査だと、都合のいい部分だけクローズアップされてしまうことが多い。そこをデジタルで可視化していければと思っています。

先日IT部門の人間と話した時も、今後ITとマーケティングのつながりは必須だよね、という話になりました。マーケティングのIT化・デジタル化はどんどん加速していくと思います。ボンカレーも2018年に50週年を迎えます。その時にどの状態までいけるか。まだまだ道のりは遠いですね。

ボンカレーとしては50年、その先の50年、とどのようなブランドになっていきたいですか?

ブランドの出発点である、「お客さんの役に立つ」「課題解決」を軸に据えることは変わりません。そこを軸として、これから作っていく接点から得た顧客情報を元に施策をうっていく。課題解決をするといっても、まずお客さんの課題を知らないと何も始まりません。もしかしたらその課題を解決する手段がレトルトカレーでなかったとしても、ボンカレーとしてなにかできることを模索していきたいと思っています。

新しくビジネスモデルも作っていきたいですね。店舗に買いに行く手間が課題なら宅配ビジネスをやるとか、なにもかもレトルトカレーの延長線上や既存のビジネスモデルで考えるのではなく、いろんな方法を模索できるブランドでありたいと思っています。

これからいろいろな課題を解決していくことを楽しみにしています。最後に、垣内さんにとって未来のCMOに必要なものを教えてください!

「世の中の役に立つことを考え続ける」ことだと思います。マーケティングにおいても企業活動においても、”何のためにやっているか”が全てです。特に生活消費財のようなものこそ、お客さんの役に立つことを真剣に考えないと顧客も金銭も発生しない。全ての基準が「それって誰かの役に立つの?」という視点をもつ姿勢が重要です。売れるのは結果論でしかない。役に立った結果が売れることなんです。企業活動の本質は「世の中の役に立つこと」です。それがあるから新しいイノベーションが生まれるんだと思います。

ことマーケティングにおいては、売る所までをサポートすることをマーケティングと定義してしまうと、売ることが目標になってしまい、売れるなら何をやってもいいとなってしまいます。買ってもらった後の体験がダメなら必然的に売れなくなっていくので、それは売れたとは言えない。その先、さらに先まで考えて設計して、サポートしていくのがマーケティングだと思います。

弊社が提供している マーケティングツール『b→dash』 は、マーケティングプロセス上に 存在する全てのビジネスデータを、ノーコードで、一元的に取得・統合・活用・分析することが可能なSaaS型データマーケティングプラットフォームであり、BtoC業界を中心に、様々な業種・業態のお客様にご導入頂いております。

Editor Profile

  • 福井 和典

    株式会社データX マーケティング管掌執行役員

    日本IBMにてシステムエンジニア、GREEにてCRM領域のオペレーション企画、PwCでの業務コンサルタントとしての経験を経て、2016年よりデータXに入社。データX入社後は、カスタマーサクセス部門に在籍し、小売/金融/アパレル/ECなど幅広い業種に対するb→dash導入支援を統括。
    その後は、主にb→dashのマーケティング/広報/PR活動や事業企画に従事。

Speaker Profile

  • 垣内 壮平

    大塚食品

    経営戦略室 ボンカレー50周年準備室

    2008年、大塚食品株式会社。複数ブランドのマーケティング業務に従事。 2012年より、プロダクトマネージャーとしてボンカレーを中心に、レトルト製品全般の商品企画からコミュニケーションまでマーケティング全般を担当、2014年からはレトルト事業戦略立案にも取り組む。 2016年10月より現職。

Category
Tag